概要
PV loopは心臓の動きを可視化したグラフです。
別にこれを使わなくても診療は可能ですが、複雑な病態や治療に行き詰まったときに振り返ると便利なアイテムで、集中治療にかかわる人は抑えておきたい項目です。
ただし数学・物理的な要素も入ってくるので少し理解には時間がかかる。。。
PV loopの書き方
PV loopでは4つの情報、つまり、
収縮末期圧(ESP)、拡張末期圧(EDP)、収縮末期容量(ESV)、拡張末期容量(EDV)
の4値が求まれば概ねグラフを書くことができます。
僧帽弁開放、僧帽弁閉鎖、大動脈弁開放、大動脈弁閉鎖、の4つの変曲点を書くことができるからです。
そしてこの4つの値を求めるために、4つの直線・曲線が必要です。
(4つの変数を求めるためには4つの異なる方程式が必要だったはずです。)
①ESPVR : End-systolic pressure-volume relationship
→心臓の収縮力を表すもの
②EDPVR : End-diastolic pressure-volume relationship
→心臓の拡張力を表すもの
③Ea : arterial elastance
→左室における後負荷を表すもの
④EDV : End-diastolic volume
→左室における前負荷を表すもの
僧帽弁閉鎖はEDPVRとEDVの交点
大動脈弁閉鎖はESPVRとEa直線の交点
大動脈弁開放は大動脈弁閉鎖点からX軸に平行な直線を引き、それとEDVの交点
僧帽弁開放は大動脈弁閉鎖点からY軸に平行な直線を引き、それとEDPVRの交点
で求めることができます。(文章だと理解しづらいと思うので実際に描いてみてください笑)
大事なことは、心臓の動きは収縮力、拡張力、前負荷、後負荷、の4つで規定できるということです。
これを聞くとなんだか当たり前のような感じがしませんか??
この4つの要素についてまずは解説していきます。
収縮力
心臓固有の収縮力はESPVR (End-systolic pressure-volume relationship)という直線の傾きによって規定されます。その傾きのことをEes (end-systolic elastance)といい、これによって規定されていると言ってもいいでしょう。
Eesは直線の傾きなので、y/x、つまりこのグラフでいうと圧/容量、を表していますが、実質的には「心臓の硬さ」を表す指標になっています。
たとえば心臓が硬ければ少しvolumeを入れただけですぐに内圧が上がってしまうし、心臓が柔らかければある程度volumeを入れたところで伸縮性があるため内圧はあがりにくいです。
つまり、100mLのvolumeを入れて50cmH2Oの圧になる心臓と、10cmH2Oの圧になる心臓では前者のほうが固い心臓と言えます。つまり、Eesというエラスタンスの値が高いほど「硬い心臓」になります。EesはESPVRという直線の傾きなので、これが急峻なほど心臓が硬いといえます。
心臓は収縮期や拡張期、それぞれにおいて硬さは異なりますが、一番硬くなるのは収縮末期になります。収縮末期の心臓って血液を押し出す力がもう残っていないので硬いですよね、、、これはなんとなくイメージしやすいかなと思いますが、グラフで表すのであれば以下の通りです。
PV loop上のどの点をとっても収縮末期が一番角度が急です。
この心臓の硬さは前負荷や後負荷に依存しない(収縮末期で心臓から血液ができった後なので)ので心臓固有の硬さ、と考えることもできます。
この概念を、「負荷非依存の収縮性」、と表現されることもあります。
このEesという値は、前負荷や後負荷を変えても変化しません。強心薬など心筋の収縮力に影響があるものでは変化しますが、そういったものがなければ変化しません。つまり前負荷や後負荷を変えたとしても、収縮末期はこの直線上に必ず存在します。
拡張力
心臓の拡張力を表す指標として、EDPVR (End-diastolic pressure-volume relationship)という曲線が使用されます。収縮力は直線でしたが拡張力は曲線です。
拡張期の始まりから拡張末期にかけて、この曲線上に乗ってPV loopは移動します。この拡張力も前負荷や後負荷に依存せず決まるもので、「負荷非依存の拡張性」、と表現することもあります。
このESPVRの傾きは心臓固有のものですが、拡張力がかわるような外的要因、つまり拡張不全やリモデリングによる拡張力改善などがあると変化します。拡張力がよくなるとカーブの傾きは緩やかになり、拡張力が悪くなるとカーブの傾きは急峻になります。同じ容量を得るために前者はすくない圧力で事足りて、もう後者はかなりの圧力が必要となる、と考えると納得いくかと思います。
これはさきほどの収縮力の指標であるEesと同じですが、あくまで心臓固有のパラメーターなので、前負荷や後負荷を変化させてもこの曲線自体は変わりません。つまり拡張期のPV loopは必ずこの曲線上に存在するということになります。
前負荷
左室にとっての前負荷を規定するのは、左室拡張末期容量 (EDV : End-diastolic volume)になります。
前負荷が増えればEDVは上昇し、減ればEDVは減少します。
後負荷
後負荷を規定するものは、Ea : arterial elastance、になります。
左室にとっての後負荷は動脈になるはずであり、その意味でその動脈の硬さが後負荷となるのは面白いところかなと思います。
後負荷が上昇すればEaは上昇し傾きは上がる、後負荷が低下すればEaは低下し傾きは緩やかになる、という関係にあります。
収縮力と後負荷の関係
心臓の拍出量は前述の通り前負荷、後負荷、収縮力、拡張力、で決められますが、中でも収縮力と後負荷のバランスは重要とされています。
これは数式である程度表現することができ、面白いです。
図を見ながら数式を立てると
ESP = Ees × ESV = Ees × (EDV -SV)
ESP = Ea × SV
が成立します。これらにより、
Ees × (EDV -SV) = Ea × SV
⇔ Ees × EDV – Ees × SV = Ea × SV
⇔ Ees × EDV = Ea × SV + Ees × SV
⇔ Ees × EDV = (Ea + Ees) × SV
⇔ Ees / (Ea + Ees) = SV / EDV
SV / EDV、とはなんでしょうか?
そう、皆さんおなじみEFの定義式です。
つまりEesとEaによってEFが規定されているということです。
Eesが高くてEaが低ければEFの値は上がる、Eesが低くてEaが高ければEFの値は下がる、ということがわかります。だいたい「Ees : Ea = 2 : 1」、くらいが至適と言われいますが、これをそのまま上の式に当てはめると
Ees / (Ea + Ees) = 2 / 3 = 66.7% = EF
となります。
EFの値も60-70%程度が至適でしたので、とても妥当な数字です。
エネルギー効率
P×Vは仕事を表すので、PVループの面積は仕事を表しています。(なつかしの高校物理です、、、)
PVループの面積を分類すると、
①Potential Energy (PE):心拍出量には直接関連のない原動力のようもの
②Stroke Work(SW):心拍出量を規定する仕事量
となり、
PE + SW の合計をPressure-Volume area (PVA)、といいます。
このPVAは心臓の酸素消費量と線形関係にあるといわれており、PVAが増えれば酸素消費量は増え、PVAが減れば酸素消費量は減ります。つまりPVAが増えることは別に心臓にとっていいことではないです。
効率のよい心拍出ができているかについては、PVAの中でSWが占める割合がどれだけあるかという点が重要です。PVAの中でSWが多ければ多いほど効率がいいし、逆に少なければ効率が悪いです。
心不全におけるPV loop
HFpEFの場合
HFpEFの場合は、EFが保たれている、すなわちEesとEaのバランスはよいですが、拡張障害が主体であり、EDPVRが急峻になります。そのため前負荷が上がるとすぐにEDPVRが上がってしまうというグラフになります。心拍出量もそこまで正常心と大きく変わるものではないです。ただ前負荷を上げすぎてしまうとEDPVRが急上昇し、心拍出量が低下しやすいため注意が必要です。
HFrEFの場合
HFrEFではEFが低下しているので、Eesは低くEaは高くなっており、バランスの悪い状態です。
心拍出量はグラフでもわかるように小さくなっています。。。
HFrEFの治療では前負荷を下げる(EDVを下げる)、後負荷を下げる(Eaを緩やかにする)、心収縮力を上げる(Eesを急峻にする)ことが重要になるのは、グラフを見て理解できます。
まとめ
あまり臨床上は使われる場面も少ないPVループですが、心臓の機能を視覚的に把握することができ、複雑な病態を振り返るときに有効な場面もあります。
概念として一度理解しておくと循環動態についての理解が深まります。